「てにをは連想表現辞典」てにをは辞典との比較レビュー

さて、小説書きの辞書レビュー第二弾として今回は「てにをは連想表現辞典」をご紹介したい。てにをは連想表現辞典は(タイトルが紛らわしいものの)2010年出版の「てにをは辞典」の姉妹辞書にあたる。

結局のところ「てにをは連想表現辞典」と「てにをは辞典」は何が違うのか。どちらがおすすめなのか。購入を検討する人は悩むわけで、私も同じだった。

そこで私は(出版社の狙い通りか)両冊とも購入してしまったわけだけれども、当記事では2つの辞書を比較していこう。

「てにをは連想表現辞典」と「てにをは辞典」はどちらがおすすめなのか

結論から述べると「てにをは辞典」の方が実用的であり、使い勝手が良い。

小説を書くときの使用頻度から言っても「てにをは辞典」の方が圧倒的に役立っている。「連想表現」は暇つぶしにパラパラと読むには面白い辞典だが、実用性を考えると(うーむ……ぶっちゃけ類語辞典と「てにをは辞典」があったら不必要かな……)といった感じ。

実用性重視のコロケーション辞書をお探しの方は「てにをは辞典」を。読み物として面白い小説表現辞書をお探しの方は「てにをは連想表現辞典」を手に取ると後悔しないだろう。

両辞書の具体的な違いはこれから述べていく。

てにをは連想表現辞典

(クジラの外箱表紙が面白くて気に入っている。かわいい)

両辞書の役割と機能の違い

ふたつの辞書は何が違うのか、という話から。タイトルに「連想表現」の文字がくっつくか否かだけれども、両辞書の役割はまったく別物である。

「てにをは辞典」は純粋なコロケーション辞典

てにをは辞典は、純粋なコロケーション辞典である。コロケーションというのは語と語の結びつきのこと。

例えば、てにをは辞典で「沈黙」の語を引いてみると、下記のような用例が載っている。

沈黙が→襲う。訪れる。降りてくる。返ってくる。感染する。来る。生じる。(略)

沈黙を→味わう。生む。埋める。選ぶ。押し通す。恐れる。(略)

沈黙に→いたたまれなくなる。追い込む。陥る。落ち込む。(略)

(略)

熱い。暗鬱な。息苦しい。息づまる。陰鬱な。(略)→沈黙

部分引用:てにをは辞典(三省堂)p.1036)

つまり「沈黙」の前後に結びつく用例が網羅されている。てにをは辞典はコロケーション辞典としては極めて優秀で、私の持っている「学研 日本語コロケーション辞典」と比較をしても、てにをは辞典の方が格段に使いやすい。

小説を書く用途でのコロケーション辞典では、てにをは以外は考えられないといっても過言ではない。惜しむらくは紙の辞書なので索引に時間がかかること。

ロゴヴィスタあたりが電子化して販売してくれたら何万円でも買い直すのに……と思ってしまう。

とにかく、てにをは辞典は実用的かつ使い勝手の良いコロケーション辞典だ。私は「原稿執筆用辞書」として位置付けており、事実として(仕事で原稿を書くときでも)てにをは辞典を手元に置いている。

小説を書いていて「孤独感が……」のあとに続く語で悩んだとしても本辞書を引けば一発で「孤独感があふれる」「孤独感が押し寄せてくる」「孤独感が募る」「孤独感が込み上げる」などの表現が見つかる。

どれも知らない表現ではないだろうが、これらをまとめて俯瞰することのできる本辞書の意義は大きい。

てにをは辞典

(こちらは「てにをは辞典」のカバー表紙。ゾウの絵柄もかわいい。てにをは辞典個別の詳しいレビューについては「てにをは辞典」小説書きの辞書レビュー – ときまき!こちらの記事もぜひ参照されたし)

「てにをは連想表現辞典」は表現を深めるための読み物

てにをは辞典が原稿執筆用辞書だとすれば、てにをは連想表現辞典は「文体研究用辞書」である。(長いので以下では「連想表現辞典」と述べる)

連想表現辞典は、読み物としては面白い辞書だ。含んだ言い方となっているのは、実用性にやや難があるため。

先程と同じく本辞書で「沈黙」の語を引いてみよう。てにをは辞典では五十音順で直接引けたが、 連想表現辞典ではワンステップ挟んで、まず索引で探してやる必要がある。

索引で「沈黙」が629ページに掲載されていることを確認し、当該ページへ移動する。(この手順が煩わしい)

629ページは「黙る」 という大項目のページで、「暗黙」「押し黙る」「口を噤む」「絶句」「黙り込む」などの小項目と並んで「沈黙」の見出し語が見つかる。

連想表現辞典では下記のような用例が載っている。

動きだけのざわめきで充たされた奇妙な→沈黙(柴田翔)

音が一瞬にして死に絶えたとしか言いようのないほどの突然の不気味な→沈黙(飯田)

(中略)

がらんと廃墟のような沈黙がのしかかる(山手)

部分引用:てにをは連想表現辞典(三省堂)p.629

見て分かるとおり、連想表現辞典では「実際の小説作品で用いられている表現」を調べることができる。ここが、てにをは辞典との大きな違いだ。

(※誤解があるといけないので追記。すべてがこのような文例ばかりでなく《強情に→押し黙る》といった短い一般的なコロケーションも、てにをは辞典と同様に掲載されている。ただ傾向として、連想表現辞典は例文が長い)

先に述べたとおり「沈黙」の語のとなりには「暗黙」「押し黙る」など類似表現の小項目が並んでいる。似たような意味の言葉で、小説文中での使用例を調べる際に威力を発揮する。
ユニークな機能性ゆえに説明が難しいのだけれども、てにをは連想表現辞典とは要するに

  1. 簡易的な類語辞典によって表現を「連想」し
  2. 簡易的なコロケーション辞典によって語と語の「結びつき」を確認し
  3. 実際の小説作品での「表現」実例を調べる

という3つの作業をたったひとつの辞書でやってしまおう!とする何とも欲張りな辞書である。

なお、具体的にどの小説作品から引用された表現なのかは、巻末で調べることができる。

例えば上に挙げた「沈黙」であれば、柴田翔『燕のいる風景』新潮文庫、『されど われらが日々――』文春文庫/飯田栄彦『昔、そこに森があった』理論社/山手樹一郎『暴れ姫君』春陽堂書店で用いられている表現であることが分かる。

だから4つめの機能として「面白い小説作品を見つける」用途としてももちろん使える。

これだけ機能が充実して面白そうなのに、どうして私のなかではてにをは辞典の方が評価が上なのか。

それはぶっちゃけて言えば、連想表現辞典は引くのに手間がかかるからである。ふつうの辞書のように五十音順でパッと見出し語を見つけることができず、索引一覧で「調べたい語句」が載っているページを確認しなければならない。これが辞書として使うには面倒で……正直惜しい。

あと、当然といえば当然の話だが、連想表現辞典に出てくる小説表現をそっくりそのまま自作原稿に使うのは剽窃にあたる。これも「辞典」としては使いづらい理由のひとつ。

てにをは辞典で見つかるのはあくまで「孤独感が襲う」みたいな一般的表現であるため、そのまま使っても差し支えない。ところが連想表現辞典だと「がらんと廃墟のような沈黙がのしかかる」と独創的表現が出てくるから、そのままでは使えない。

だから辞書として使う場合でも、連想表現辞典のほうは【上級者向け】なのだ。

実作品の表現から、自分なりにレトリックを解釈して手法を吸収する。そして自分オリジナルの表現をアウトプットする。

これができる人でなければ、てにをは連想表現辞典を本当の意味で使いこなすのは難しいのではないかと思う。

欲を言うならば、両辞書とも本当に電子化してほしい。少なくとも電子辞書になってくれれば、索引の利便性が大幅に向上する。(とくに連想表現辞典)

もともと辞書としてのクオリティはめちゃくちゃ高いのだから、電子化さえすれば小説書きにとっての神ツールとなるのは間違いない。

まとめ

  • てにをは辞典は、小説を書くための実用的なコロケーション辞典
  • てにをは連想表現辞典は、小説表現を理解し深めるための上級者向け(類語+コロケーション+実例)辞典

(終わり)

今回の紹介辞書

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