自治会の「弔慰金」支給規定で誰も幸せになれなかった話

かつて自治会長として自治会の運営業務に携わっていたとき、とりわけ闇を感じたのが「弔慰金」の支給システムだった。

弔慰金(ちょういきん)とは『死者をとむらい、遺族を慰める――気持をこめて遺族に贈るお金 ※広辞苑第七版』のこと。

私のところの自治会にも

自治会の住人が死亡した時は弔慰金として金5,000円を供える。

といった規約がある。

しかし、多くの住人はこの規約の存在を知らない。私も自治会長になって初めて知ったくらいだ。

たとえこうした弔慰金支給の仕組みを知っていたとしても「家族が亡くなったので弔慰金もらえますか?」と自治会に申請する気にはなれないし、そもそも誰が自治会役員なのかさえ知らない人がほとんどだ。

なので弔慰金制度はきっと、規約にはあるものの形骸化しているんだろうなと思っていた。

ところがこれがきちんと機能していた。

機能していたがために、取り返しのつかないトラブルが発生した。

自治会の弔慰金規定と個人情報保護の問題

あるとき、役員さんが私のところへ来て「Aさんのところに弔慰金を持っていかないとね」と言った。

Aさんは最近に、事故によりご家族を若くして亡くされたそうだった。

Aさん自身はそっとしておいて欲しいと周りに伝えていたものの、訃報はご近所ネットワークの輪を通じて広がり、自治会役員の耳に入るに至った。

その役員さんが持ってきた噂にどう対応するかで、自治会の役員会では揉めることとなった。

『そもそも情報の入手経路が風の噂であるし、遺族のAさん自身が「そっとしておいて欲しい」と言っているのであれば、役員が弔慰金を渡しに伺うのはやめたほうが良いだろう』

という意見。

反対に、

『自治会規約に定められているとおり、会員には弔慰金を受け取る権利がある。毎年自治会費を徴収している以上、弔慰金を渡しにいかないのは役員の義務に反する』

という意見に分かれた。

どちらの意見も正論ではあるし、自治会長として非常に頭を抱えた一件だった。

私個人は「弔慰金を手渡しに行くのはやめた方が良い」という考えだったが、多数決で負けてしまい、結局弔慰金を渡しに行くことが決まった。

結果として、この行為はAさんを深く傷つけてしまう。

「周りに知られたくなかった訃報が自治会役員にまで知れ渡ってしまった事実」にAさんは大きなショックを受け、弔慰金は当然ながら受け取ってもらえなかった。門前払いを受ける形となり、役員たちの間にも何とも言えない気まずい空気が流れた。

役員さんはみんな良い人であったし、善意の心を持っていた。

しかし『地獄への道は善意で舗装されている』の格言のように、その善意の行く先は間違っていた。私もこの一件は今でも非常に後悔している。

翌年、同じ過ちを繰り返さないよう、総会にて「自治会規約を改定し、弔慰金制度を申請方式に変更する」議案を出した。ところが反対意見がいくつか出て、改正規約案は否決となってしまった。

私は自治会長の任期を終えた。

肩の荷は下りたが、同時になにも改革をなし得なかった無力感が残った。

とてもセンシティブな問題である。

他の自治会ではどのような運用がされているか分からないが、弔慰金制度には不本意な形でトラブルを生んでしまうリスクがあり、役員にとっても大きな負担となる。(以前は自治会役員が葬式に参列する慣例もあった)

誰もが幸せになれない制度を無くしていかなければいけないものの、現実はとかく難しい。

(了)

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当記事の執筆者
五条ダン

研究対象は《ナメクジオバケ》。「現実は甘くない。だからこそ甘さが必要である」をモットーとする。修辞技法(レトリック)の分析を得意とし、文体に重きを置く創作スタイルを好む。しかし筆速はナメクジの歩みのように遅い。

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