依頼の受発注時に警戒すべき3つの心理テクニック

世の中には「人を思い通りに動かす」ための心理テクニックが溢れている。正直なところ、そのような下心をあからさまに押し出したタイトルの書籍を売るのはいかがなものかと眉をしかめる。本屋に並べられているところを見ると、需要はあるのだろう。

この記事では、仕事の受発注時に警戒しておいた方が良い4つの心理テクニックについて紹介したい。僕はWebライターをしているから、例に用いるのはWebライティング案件の委託受注に関するものが多い。

1.返報性の原理

返報性の原理(へんぽうせいのげんり)はすでにご存知の方も多いだろう。知名度がとても高い心理的原理だ。人は何らかの好意を受け取ると、そのお返しがしたくなってしまう。

試食品や無料サンプルなどで、まずは無償の《好意》を与える。スーパーの試食品コーナーに行くと特にそうなんだけれど「ただで味見させてもらったんだから、1個くらいは買っておこうかな」という気持ちになる。

返報性の原理は「海老で鯛を釣る」手法として、マーケティングでは幅広く用いられる。車の試乗だとか、記念品のプレゼントだとか、無料見積もりに無料相談会に無料査定などなど、たくさんある。

とにかく、何らかの「見返り」を求めて相手に好意をふりまくのが、この戦略のポイントである。

ここだけの話(今もやっているかどうか知らないが)アフィリエイターやブロガー向けのセミナーに行くと「返報性の原理」の言葉を耳にする。つまり「はてなブックマークを使っているブロガーさんを見つけたら、積極的に相手の記事をブクマしたりTwitterでシェアしたりポジティブなコメントをつけて、恩を売っておきましょう。そうすると返報性の原理が働いて、自分の記事にもお返しシェアやお返しブクマが集まりますよ」とセミナーでは語られる。

かれこれ2年ほど前の話なのだが、今もセミナーはあるのだろうか。互助会を一緒くたに批難するつもりはないが、見返り前提のブクマには首を傾げざるを得ない。

依頼者側が、ライターやイラストレーターに「返報性の原理」を使おうと思えば、とくにコストは必要とならない。なぜならば、承認欲求を満たしてやりさえすればそれが《施し》となるからだ。(ひどい話だが、このように考える人もいる)

悪筆なので上のイラストの、緑色のカニが何を話しているか読めなかったら申し訳ない。とにかく……

  • あなたはとても素晴らしい、誠実な方です
  • あなたのような素敵な方と一緒にお仕事ができたら、どれほど幸せか
  • 圧倒的な文才! 迸るセンス! 芸術的な絵柄だ!
  • あなたほどの優秀な人材を野放しにしておくのは勿体無い

みたいな感じで、とにかく褒め殺しにする。僕のような小説新人賞万年一次落ちの三文文士ワナビなんかは、褒め慣れていない。だから少し褒められると鼻が天狗になって、ほいほい相手の口車に乗せられてしまう。

セールスマンでも宗教勧誘でも「褒め上手」の人が相手だと、ついつい引っかかってしまう。

もちろん(この記事で誤解を与えなければ良いのだが)本心から褒めてくれる人、見返り目的でなく純粋に僕を評価してくださる依頼主さん、クライアントさんはいらっしゃる。本当に嬉しく思うし、心から感謝している。

だけれども、初対面でお互いのこともよく知らないのに、初っ端からやたらめったらと褒め殺しにしてくる人もいる。そのような相手とビジネスをして、良い結末を迎えたことがほとんどない。

正当な理由がないのにむやみやたらと褒めてくる相手」を僕は一番警戒している。自分を理解してくれる都合の良い人間は、そうそう簡単に現れたりしない。そんな甘い話はない。

下手に褒めると警戒される」というのも、頭の片隅に覚えておくと良いかもしれない。なにせ「返報性の原理」は広く知れ渡っているので、当然相手方も知っている可能性が高い。甘い言葉には裏があるんじゃないか……と警戒心を与えてしまうくらいであれば、お世辞はそこそこに本音でぶつかっていった方が良い。

《返報性の原理》は言われるほど使い勝手の良いテクニックではない。使う方も使われる方も、注意が必要だ。

2.ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック

ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックとは、まず相手に無茶な要求を突きつけておいて「あえて断らせてから」次にもう少しマシな要求(こちらが本命)を提示し、条件を受け入れさせるテクニックである。

例えば、

依頼主「1文字単価0.1円で記事書けますか?」

ライター「申し訳ありませんがお引き受けいたしかねます」

依頼主「じゃあ、0.5円でどうですか。お願いします!」

ライター(うーん…本当なら断るところだけれど、せっかく5倍まで単価上げて譲歩してもらったし、2連続では断りづらい……)「わかりました。その条件で承ります」

といった感じに話をもっていく。人間は直前に提示された条件に引きずられてしまう(アンカリング効果)から、最初に高い要求を突きつけられると、価値判断能力が麻痺してしまう。

かくいう僕も、露店で呼び止められて「お客さんラッキーですねぇ。この腕時計、本当は1万円なんだけど、今は閉店セールで大特価90%OFF!! 1000円で売ってあげます」とセールスされた。

ぱっと見、高級そうな腕時計に見えて(わあいラッキー!!)と思った僕は「ホントですか! なら5本ください!!」と見事に乗せられてしまった。もちろんその時計はブランドでも何でもないパチもんみたいな奴で、300円の価値があるかさえ怪しい。

おっと話が逸れた。ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックにはこのようなパターンもある。

依頼主「ところで明日までに納品をお願いしたいのですが」

ライター「いや…さすがにそれは急過ぎて、難しいです……」

依頼主「うーん、なら3日後でどうですかね」

ライター(ふぇぇ…この作業量なら1週間は最低でも欲しいのだけれど、相手も譲歩してくれたしこちらも多少は譲歩しなければ……)「わかりました。その条件で承ります」

そう、このテクニックは「相手にわざと断らせてから、(本命の)譲歩の案を提示する。すると《譲歩》に対する返報性の原理が働いて、相手も条件を飲んでくれる」という心理に基づくものだ。

良さげな心理テクだが、ドア・イン・ザ・フェイス・テクニックにはひとつだけ致命的な欠点がある

そもそも論として、初手で「相手に無茶な要求を突き付ける」という行為そのものが、相手にかなりの悪印象を与えてしまうのである。

依頼主「1文字単価0.1円で記事を書いてくれますか?」

ライター(ひぇぇ…多分関わったらマズイことになるブラッククライアントや…)「お断りします」

依頼主「なら0.5円で…」

ライター(関わらないのが得策やで…)「お断りします」

と、このようになる。これは警戒されて当然である。

ライター側の心得としては「1文字◯◯円を下回る仕事は絶対に受けない」とルールを決めておくと良いだろう。

3.ローボール・テクニック

ローボール・テクニックとは、最初に相手の受け入れやすい欲求を提示して、ひとまずの承諾を得る。その次に相手にとって不利な条件を(後出しジャンケン的に出して)欲求を飲み込ませる、えげつない心理テクである。

具体例を挙げてみよう。

依頼主「1文字単価xx円で記事を書いてくれますか?」

ライター(相場よりちょっと良い単価やな。ありがてぇ)「ぜひ承ります!!」

依頼主「あ、原稿を書くついでに、見出しタグと強調タグとリストタグのマークアップをお願いしたいのですが」

ライター「分かりましたー!」

依頼主「良かった。あとついでに、記事のアイキャッチ画像もご用意いただけますか。フリー写真サイトから探してくだされば構わないので」

ライター「え…あ……はい」(もう仕事承諾してるし断りづらいな)

依頼主「それから、ここの部分は取材が必要となるので、取材についても込みでお願いしたいのですが」

ライター「……は、はい……」(ひぇぇ、ホワイト案件だと思ったらブラックだったよぉ)

別のパターンも見ておこう。

依頼主「1文字単価xx円で記事を書いてくれますか?」

ライター(相場よりちょっと良い単価やな。ありがてぇ)「ぜひ承ります!!」

依頼主「ところでライターさん、Twitterアカウントとフェイスブックアカウントをお持ちでしたよね」

ライター「ええ持ってますよ」

依頼主「良かった。記事公開の際にご連絡差し上げますので、ついでにTwitterとフェイスブックの方でもシェアをよろしくお願いいたします」

ライター「えぇ……」

いずれの事例にせよ、すでに仕事を承諾したあとだと、後出しで不利な条件を出されたとき(雰囲気的に)なかなか断りづらくなる。

これは「コミットメントと一貫性の原理」が働くからだ。最初に「やります!」とコミット(約束)をすると、そのあとはコミットに対して一貫した態度・行動を取ろうと努力したくなる。

だから後付けで仕事の負荷を増やされても、そうそう首を横には振れない。

やられる側の対処法としては「とにかく安請け合いをしないこと」契約をする前に、どこからどこまでが業務範囲となるのか、しっかり詰めておく。それまではYESと言わない。

仮に、先に承諾をしてしまったのであれば、依頼主から追加要求を出された際に、こちらも追加料金を要求する。Webライターをしていると、ローボール・テクニックを使った依頼案件には引っかかる機会がけっこうあるので、注意されたし。

まとめ

「返報性の原理」「ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック」「ローボール・テクニック」はすべて、相手の感情・心理的作用に働きかける。

だから、仕事を引き受けるかどうかを「その場の感情」によって決定していると、相手の術中に嵌りやすい。自分の直感を信じよ!なんてビジネス書もあるけれど、契約の場で直感に頼るのは大変危うい。(人の心には容易く干渉できる)

だから「1記事◯◯円以上の仕事は受ける」「対応する範囲は◯◯まで」と明確なルールを予め設定しておくことをおすすめしたい。

追記しておくと、これらのテクニックが通用するのは「知識の非対称性」がある場合のみである。(あっこれはローボール・テクニックを使ってきてるな!)と相手側に見抜かれてしまえば、テクニックを使った側は信頼を落としてしまうことに繋がる。

今の時代、心理テクニックのノウハウ本なんて、そこらにゴロゴロ出回っている。「自分の知っていることは、相手もきっと知っている」と警戒して交渉に臨んだ方が、無難だろう。

僕としては、あまり心理テクニックに頼るのは推奨できない。本当にそのようなテクニックが万人に自在に扱えるものだとしたら、僕は今ごろモテモテのハーレムを手に入れているに違いないのだから。

(終わり)