薬でないものを薬であるかのように誤認させ、宣伝・販売を行うことは薬事法で禁じられている。例えば健康サプリメントを「10kg確実に痩せるサプリメント!」「背が伸びる栄養ドリンク!」のように効果効能を掲げて売るのはアウト。薬事法に抵触し、場合によっては逮捕される。
「背が伸びる」サプリ販売で社長逮捕――捜査員のネットパトロールで摘発 – 通販新聞
※追記・古い記事のため、リンク先のページが消えてしまった。内容については見出しからお察しの通り……。
上のニュース記事のとおり、冗談抜きでお縄となる。
さて「身長が伸びるサプリメントです!」と効果を謳っての販売はできないわけだが、世の中には「身長に悩みを持つ人」をターゲットとしたサプリメントが多数出回っている。
これらのサプリメントはいかにして、薬事法に抵触する「身長が伸びる!」などの表現を使わずに、「身長を伸ばしたい!」と考えるターゲット層に訴求しているのだろうか。
以下では実例をもとに、薬事法を回避するために用いられているレトリック(修辞技法)の分析を行いたい。
シネクドキ(提喩)による「ぼかし」の技法
さっそくだが以下の実例を見てほしい。
飲み続けるうちにびっくりするくらい自分が成長しているのがわかりました。
上記引用元サイトでは、アルギニンを配合したサプリメントを販売している。リンク先のランディングページを見てもらえれば分かるとおり「身長が伸びる」の表現は一切用いられていない。(「セノビル」という商品名はド直球だが……)
「身長が伸びる」は一貫して「成長する」という表現に置き換えられている。「成長する」はより広い概念を包括する表現だ。身長が伸びることはもちろん、勉学に励むことや友だちを作ることも「成長」の範囲に含まれる。
つまり「成長する」と一言に述べるだけでは、必ずしも「身長が伸びること」示しているとは言い切れない。子どもが苦手なピーマンを食べられるようになった出来事ひとつをとっても「成長した」と表現できるからだ。
このように「あえて表現をぼかすことによって、あるひとつの対象(ここでは「身長が伸びる」こと)を婉曲的に示すレトリックをシネクドキ(提喩)という。
シネクドキは、下記のような図式が成り立つときに、使用が可能となる。
(シネクドキでは「身長が伸びる」→「成長する」と言葉を置き換える)
「成長すること」は「身長が伸びること」とイコールではない。しかし「身長が伸びること」は「成長すること」の一種である。このとき両者は包含関係にあり、「成長する」という上位概念を用いて、「背が伸びる」という下位概念を暗に指し示すことができる。
これが、シネクドキ(提喩)の使い方である。
シネクドキの一例
分かりにくいのでシネクドキの例を少し挙げてみよう。
・花見に行こう。(意:桜の花を見に行こう)
上位概念「花」/下位概念「桜」
「花」という語を用いて、花の一種である「桜」を見に行くことを指し示している。
・息子はお人形を集めるのにハマってまして……(意:息子はアニメのフィギュアオタクである)
「アニメのフィギュア」はたしかに「お人形」の一種ではある。あえてボカして表現することで、皮肉的な効果を狙っている。
メトニミー(換喩)による「ほのめかし」の技法
メトニミーは小説を書くときに多用するレトリックで、非常に応用の幅が広い。健康サプリメントのコピーライティングでも、積極的にメトニミーが用いられている。
以下、実例をいくつか挙げてみたい。
同じサッカー部の仲がいい友達が中学2年生あたりから急にぐんぐん伸びだして、あっという間に抜かれてしまいました。(中略)
そして、この スムージーを飲み始めてから、以前に比べて伸びていく感じがあります。学生服をもうワンサイズ大きいものにしておけばよかったという感じです。
「学生服をワンサイズ大きいものにする」は、直接「背が伸びる」ことを指し示すわけではないが、両者には密接な隣接性がある。ある表現を用いて、それと隣接した概念を伝えるためのレトリックがメトニミー(換喩)である。
上記の文章は、「原因」と「結果」の隣接性によって機能するメトニミーの一例だ。
つまり「背が伸びる(原因)→学生服を大きくする(結果)」といった図式が成り立つ。メトニミーでは「原因」で「結果」を匂わすこともできるし、その逆に「結果」で「原因」をほのめかすこともできる。
例文を読めば「背が伸びたから学生服のサイズを大きくするのでしょ」としか類推のしようがない。
主辞内顕による省略法
さきほどの例文の「ぐんぐん伸びだして~」「伸びていく感じ」という表現は、主辞内顕と呼ばれる高等レトリックである。主辞内顕は、主語をあえて省略することにより主張をほのめかす修辞技法だ。
主語をはっきりとさせずに物事を匂わすのは、日本語独特のレトリックであるといえる。
ここでは「背がぐんぐん伸び出して~」「背が伸びていく感じ」とはひとことも言っていない。読解次第では「サッカーの技量がぐんぐん伸び出した友だち」に「試合で抜かれてしまった」のかもしれないし、「サッカーの実力が伸びていく感じ」がしたのかもしれない。
周りの子供に比べてうちの子だけが低いのが気になり、(中略)のびのびスムージーを飲み始めてから息子はぐんぐん成長していき1年後には背の順でならんだときにいまでは後ろから数えたほうがはやいぐらいになり、息子もすっかり自信をもってくれているので本当に続けてよかったです。
上の例でも、うちの子だけ「背が」低い、とは言っていない。(主辞内顕)低いのは学校の成績かもしれないし、運動能力かもしれない。
「ぐんぐん成長していき」の表現はすでに述べたとおりシネクドキ(提喩)のレトリック。
「背の順でならんだときにいまでは後ろから数えたほうがはやい」はメトニミー(換喩)で、後ろから数えた方がはやい(結果)→背が伸びた(原因)と、隣接性を利用して婉曲的な言い回しを実現している。
(主語を省略することで明言を避けつつも、「身長が伸びた」とほのめかしている)
レトリックの応用事例
朝礼で、どんどん後ろになるのが嬉しい
大きくなると、段違いに活躍できる!
「朝礼でどんどん後ろになる」これもメトニミーのうまい例。朝礼は背の順で並ぶので、後ろになるということは即ち「身長が伸びた」ということである。
「大きくなると」は、シネクドキと主辞内顕の複合技。「背が大きくなる」の省略形とも解釈できるし、「身長が伸びる(下位概念)→大きくなる(上位概念)」の言い換えとも解釈できる。
周りの子がスラリとスタイル良くなっていってカッコイイ表現ができている中、自分だけ全然伸びなくて大好きなダンスをやめるか悩みました。(中略)フィジカルBを飲んで自信がついたから、発表会でも目立ててめっちゃ楽しいです。
これを最後の実例紹介としたい。やはり、シネクドキ・メトニミー・主辞内顕の3つがメインであることがわかる。
「自分だけ身長が伸びなくて」とは言っていないため、主語は「ダンスの技量が」とも解釈できる。しかし文脈は「背が伸びた」という結果を暗にほのめかしている。
背が伸びなくても発表会で目立つことはできようが、「発表会で目立てた」という結果は「背が伸びたから」という原因を暗示するものである。
まとめ
ここでは薬事法を回避する文章実例を元に「シネクドキ・メトニミー・主辞内顕」の3つのレトリックをご紹介した。健康サプリメントのコピーライティングには、他にもさまざまな修辞技法が用いられており、ライターの苦労の跡が垣間見える。
誤解しないでほしいのは、当記事はこのようなレトリックを積極的に用いることを推奨はしていない、という点だ。いかに薬事法の抵触を避ける文彩に優れようとも、消費者を誤認させるような宣伝は行うべきではない。
レトリックは正義を実現するための武器ともなれば、詐欺をはたらくための小道具ともなり得る。大切なのは、使い手の良心だ。くれぐれもレトリックに溺れてしまうのは避けたい。
そのうえで、レトリックを深く知ることは、ライターとして生き抜くためにも役立つ。知識はときとして相手と戦うための剣となり、ときとして自分を守るための盾となる。
健康サプリメントの宣伝文を読むときは、ぜひレトリックに注意して読み進めてみてほしい。きっと得られる技術は多いだろう。
(終わり)
追記(2016/05/06)
当記事では「薬事法」と表記しておりますが、薬事法は2013年の改正時に「薬機法(正式名称:医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)」へと名称変更がされました。
よって正しい表記は「薬機法」(医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律)となります。ご指摘ありがとうございました。
また、当記事は「このレトリックを使えば薬機法に抵触しない!」といったことを推奨・保証・主張するものではありません。
まとめ補足
今回ご紹介したレトリック
「シネクドキ(synecdoche)/提喩(ていゆ)」
上位概念で下位概念を言い表す。あるいは逆に、下位概念で上位概念を言い表す。
例:アメリカ国防総省の本庁舎 → ペンタゴン(五角形)/鶏肉と卵 → 親子丼
「メトニミー(metonymy)/換喩(かんゆ)」
隣接性にもとづいて、ある概念を別の言葉で言い換える。
例:働く → 汗水をたらす/書き終える → 筆を置く /人間失格を読んだ → 太宰治を読んだ(※「原因―結果」の他にも「全体―部分」「入れ物―中身」「産地―産物」などさまざまな隣接性にもとづくメトニミーが成り立つ)
「主辞内顕(しゅじないけん)」
主語を省略することによって主張をほのめかす。
例:「洋館は完全な密室状態。つまり、このなかに……いるんですよ」(犯人が)
(追記終わり)