小説における俯瞰・アオリ・遠近法の描写例(序次法のレトリック)

例えば漫画を勉強している人は、ストーリーやキャラの作り方に加えて、画力アップのための描写技法を学んでいます。コマ割り・人物パース・遠近法などですね。

「描く」か「書く」かの違いはあれど、小説の描写においても遠近法・アオリ・俯瞰を書くための技法があります。今回は描写術の基本中の基本。序次法(じょじほう)のレトリックを学びます。

1.俯瞰で描く

このようにビルの屋上から街を見下ろしているようなシーンで使われるのが俯瞰です。俯瞰を効果的に描写している具体例を挙げてみます。

街を見おろすような位置にある、ひときわ高いそのビルの屋上に、ちっこい塊のような人影がひとつ、丸まるようにして座り込んでいた。

(引用:上遠野浩平『ブギーポップ・クエスチョン 沈黙ピラミッド』p.23 電撃文庫)

簡単そうに思えて、しかし意識しなければ書くことのできない一文です。上記描写における役割を3つに分けて考察していきます。

1-1.視点(カメラ)の固定

街を見おろすような位置にある』は、読者のイメージする視点を俯瞰図に固定するための表現です。この文章の効果により、上空から街を見おろしているようなイメージが想起されます。

1-2.位置の固定

ひときわ高いビルの屋上に』は、イメージされる場所の位置を明確にするための表現です。屋上と一言に述べても、学校の屋上や展望台、アパートの最上階など色々ありますので、ここで場所と高さをはっきりさせておきます。

1-3.描写対象の固定

ちっこい塊のような人影がひとつ、丸まるようにして座り込んでいた。

屋上の上に座っている人物のやや背後にカメラを置いて、これからこの人物を描写することを示す一文です。

ポイントは、流し読みしたときに「人物がビル屋上から街を見おろしている」イメージが想起されることです。文中の「街を見おろす」にかかる主語は「ビルの屋上の位置」にあたりますが、実際に読者が読むときの体感では「ちっこい塊のような人影」こそが街を見おろす主体となるのです。

と言っても、これだけでは当該描写の何がすごいのかがわかりづらいので、比較対象として悪例を載せてみます。以下の描写は私の書いたものです。

悪例A 視点の不在

ビルの屋上から小さな人影が街を見おろしていた。

カメラ(視線)が屋上を見上げているのか、人影を見おろしているのか、一切読み取ることができません。また、描写主体が人影にあるのか、人影を観察している人物にあるのかを読み取ることができません。

読者にシーンをイメージさせる意図としては不十分な描写であり、何らかの補足が欲しいところです。

悪例B 視点の混在あるいは無意味描写

不気味な赤味を帯びた空の下、ビルの屋上に人影がひとつ、街を見おろすようにして座り込んでいた。

『赤味を帯びた空』は見上げる視点であり、『街を見おろすように』は見下げる視点です。視点が混在することにより、『人影が街を見おろしている』というイメージを強調しづらくなっています。

ここでは、果たして本当に空の様子を描写する必要があったのか、が問題となります。

俯瞰ではない例

屋上を吹き抜ける風にあおられ長い髪がなびく。落下防止用の柵の向こうに座り込むようにして、少女は街を見おろしていた。

これは描写としては然程おかしくはないかな、と考えています。

ただし視点は俯瞰ではなく、少女を真横あるいは斜め後ろ方面から観察しているような印象になるかと。

まとめますと、シーン始めの描写では下記の点に気をつける必要があります。

  1. シーンを描く《カメラ》の位置と方向を意識すること
  2. 描かれる《場所》を明確にすること
  3. 主体となる《描写対象》を明確にすること

【発展編】序次法のレトリック

さて、もう一度、先の引用例文を読み返してみましょう。

街を見おろすような位置にある、ひときわ高いそのビルの屋上に、ちっこい塊のような人影がひとつ、丸まるようにして座り込んでいた。

(引用:上遠野浩平『ブギーポップ・クエスチョン 沈黙ピラミッド』p.23 電撃文庫)

上記文章では序次法(じょじほう)と呼ばれるレトリックが用いられています。序次法というのは、簡単に言えば《描写する順番》に気を配る手法です。例えば「手前→奥」「大きいもの→小さいもの」と順番に描写を重ねていくことで、文章が読みやすくなります。

例文では

  1. 街(大きい/広い)
  2. ビルの屋上(小さい/狭まる)
  3. ちっこい塊のような人影(さらに小さい/さらに狭まる)

大→中→小と次第に描写範囲が狭まっていることが分かります。上空に撮影用ヘリコプターを飛ばして、そのカメラで「街→屋上→人影」とズームインしていく様子を想像してみてください。

序次法の基本はズームインです。ライトノベルであっても純文学であっても、この手法に差異はありません。

先日の記事「小説の描写に《動き》を与える方法 – ときまき!」では、夏目漱石と太宰治の作品を例に、序次法について考察をおこないました。こちらを合わせて読むと、より理解が深まることでしょう。

2.アオリで描く

このように下から上を見上げているようなシーンがあおりです。

俯瞰の項で引用した『ブギーポップ沈黙ピラミッド』では、ヒロインがまさに鉄塔を見上げるシーンの描写も登場します。

それが以下の文章。

空に掛けられている電線よりもさらに上の位置、そのてっぺんのところに、普通はあり得ないものが、当然のように座っていた。

(引用:上遠野浩平『ブギーポップ・クエスチョン 沈黙ピラミッド』p.55 電撃文庫)

※文脈補足。そのてっぺん=鉄塔のてっぺん

ここでのポイントも『空に掛けられている電線よりもさらに上の位置』という表現。視線の動きとして「電線→さらに上の位置」と移動させることにより、鉄塔を見上げるイメージを沸き起こしています。

下から上へと、カメラが見上げていくイメージです。これも同様に序次法が使われています。

  1. 空の電線(低所/範囲:広)
  2. 鉄塔のてっぺん(高所/範囲:中)
  3. 座っているあり得ないもの(最高所/範囲:狭)

見上げて、さらに描写対象へとズームインしていくのが読み取れるかと思います。

余談ですが、今回引用しました『ブギーポップ・クエスチョン 沈黙ピラミッド』はシリーズ物の続編にあたるため、もしご興味のある方がいらっしゃいましたら第一巻の『ブギーポップは笑わない』から読み始めることをおすすめします。

初版は1998年です。私が読んだのも中学生くらいのときで、とても懐かしい……。ライトノベルを語る上では絶対に外せない、名作中の名作です。

閑話休題。

3.遠近法で描く

漫画のパースや美術の授業でおなじみの一点透視図法、二点透視図法、三点透視法などなど。

小説では「道」に関する描写をするときに、遠近法がよく使われます。

今現在居る場所から目的地の場所を眺めるのであれば、基本的には「近く」から「遠く」の順に描写していくことになるでしょう。

繰り返しますが、手前から奥へ、近くから遠くへとフォーカスしていく描き方は、序次法の基本です。必ずしもこう書かなければならない!というわけでは決してないのですが、「型破り」をするためにも基本の型を知っておくことは大切です。

分かりやすい例文を見てみましょう。

いつ舗装したのかも分からない、所々罅割れて短い草まで生えている風化した農道の端は、風に揺れる瑞々しい色の雑草が伸び、緑に縁取って、向こうの里山まで続いている。

(引用 甲田学人『ノロワレ』 p.11 電撃文庫)

※補足:罅割れる(ひびわれる)、瑞々しい(みずみずしい)

まさにこれなんですね、うまいなぁ……と感じます。

  1. ひび割れた舗装・短い草(手前/近距離)
  2. 農道の端、瑞々しい色の雑草(少し視線が離れる/中距離)
  3. 向こうの里山(遠距離)

と基本に忠実に描写されています。カメラがズームインしているのとは少々異なるものの、主人公がこれから向かう先の「里山の方角≒描写対象」へと視点が移動していきます。

また、上記文章では序次法に加えて転置法(語順を乱すレトリック)も使われていますが、今回はひとまず置いておきます。

序次法は「描写する順序の重要性」を教えてくれます。例えば下記のように、描写する順番を入れ替えてみると、まったくの無意味描写となってしまいます。

悪例

向こうの里山まで続く農道の端には、罅割れたアスファルトから伸びた雑草が頭をもたげて風に揺れているのだった。

これだとイメージが頭に入ってこないうえに、何を描きたいのかさっぱり分からなくなる。描写に遠近法が生かされていないとこのようになります。

引用作の描写だと「手前から奥へ」と視線が流れるのに対し、悪例は「奥へ向かう視線」と「手前へ向かう視線」とが混在しているわけです。

4.まとめ

なんか色々と知ったかぶって書いてしまいましたが、創作技法や理論云々よりも実践あるのみで、書いて書いて書きまくることが大切ですね。(ワナブーメラン

とはいえ、レトリックを知れば描写が格段に書きやすくなるのは事実です。

基本は手前から奥へ。一貫した視線の流れを描く」を意識してみましょう。また、こうした意識を向けて小説を読んでみると(おっ、この著者はわざと序次法の型を外してきているな)といったことも見抜けるようになります。

ということで小説描写のお役に立てましたら幸いです。

※記事中の写真はCC0 パブリック・ドメインの写真素材サイトpixabay.comからお借りしたものです。

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