男だけど電車で痴漢被害に遭った話

隠していようと思ったが、痴漢に関する論争がネットでバズるのを見るたびに、僕自身がつらいと云うべきか、つっかえて取り除くことの出来ない心の棘のようなものがあって、この際だから告白してしまおうと思う。

男だけど電車で痴漢をされたことがある。

小学5年生のときだった。祖父母の家に遊びに行く途中で、JR京都線の普通列車に乗り込んだところだった。車内は空いていて、人はほとんどいなかったと記憶している。

椅子は窓を背にして座るロングシート(縦座席)タイプだった。

僕が座席の一番端っこに腰掛けていると、すぐ後からおじさんが乗り込んできて、僕の隣にぴったりと身体をくっつけて座った。

他に空いている席がいくらでもあるのに、どうして真横に座るんだろうと不思議に感じていた。

電車が動き出して少し経ったとき、おじさんが僕の膝の上に手を置いてきた。僕はジャージの長ズボンを穿いていた。

悪意のあるものだとは思っていなかったので「手を置く場所を間違えていますよ」みたいな言葉をかけるべきか否か迷った。おじさんの上半身は前後に揺れていて、もしかしたら眠っているのかもしれないと思った。

黙っていると、おじさんはジャージの上から僕の太ももをさすり、それでも抵抗しないのを見て取ると、今度はジャージのポケットの中へと手を差し入れてきた。そしてポケット越しに、内股を撫で始めた。

この段になってようやく、自分が何か良くないことをされているのに気がついた。しかしそれが具体的に何であるのか、理解できない。

当時は小学5年生だったが『痴漢』の言葉自体は知っていた。通学路のトンネルに『ちかんに注意』と書かれた看板があって、トンネルに出没する不審者が痴漢なのだと認識していた。まさか人目のあるはずの電車のなかでそのような犯罪行為をする人が存在するとは、そのときは夢にも想像していなかった。

だから僕は「この人はスリなんだな」と考えた。ポケットの中をまさぐって、何かを盗むつもりなんだなと理解した。

(シャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンや怪人二十面相にハマっていたから、痴漢よりもスリの方がずっと身近に想起される犯罪だった)

上着のパーカーの方のポケットには、家の鍵や切符や小銭入れが入っていた。これを盗まれては大変だと、空いた方の手でぎゅっと鍵を握りしめていたのを覚えている。

電車が走っている間、おじさんは動かしているかいないかのゆっくりとした速さで、ズボンのポケット越しに僕の内股やその先を触っていたが、やがて次の停車駅に着きドアから人が乗り込んでくる少し前に、手を引いた。

今しか逃げるチャンスはないと、慌てて電車から降りた。振り返って、おじさんが追いかけてくる気配がなかったので安心する。各駅停車で、駅の間は5分程度だから、実質的に3分か4分か、短い間のできごとだったのだろう。しかし体感としては、とても長い時間に感じられた。

電車から降りた直後の僕は少し興奮していて、ショックよりもむしろ「勝ったぜ!」という気持ちの方が大きかった。

つまり、僕はおじさんのことを痴漢ではなくスリとして認識していたから、「鍵と小銭入れをスリの手から守り通したぜ! くくく、残念だったな。ズボンのポケットには何も入っていなかったんだよ」みたいな心境だった。今にして思うと悔しい話だ。

結果として盗まれたものがなかった(被害がないと認識していた)こともあり、このことは駅員や警察に話していない。小学生の自分には、事態の深刻さや適切な対処方法が分からなかった。携帯電話も持ち歩く年齢ではなかった。

家に帰ってから、僕は少し自慢げに「電車でスリに遭ったけど大丈夫だった」と母に報告した。母は話を聞いて「それはきっとスリじゃないよ……」と曖昧に言ったが、そこから先は語らなかった。

だから精神的なショックを受けることになったのは実際に被害に遭った時期よりもずっと後の話で、たしか高校生くらいになって痴漢が何であるかを知ったとき「あのときのあれは痴漢だったのか……」と驚くと同時に、腑に落ちたのだった。

 

インターネットで痴漢犯罪に関するニュースや体験談が話題に上がるとき、しばしば――というか必ずと言って良いほど、はてブでは「男性対女性」の対立構造でコメント欄が荒れる。

悲しく思う。

男女の対立構造を持ち出して痴漢について語るとき、そこには「男性の痴漢被害者」の存在が無視されている。そもそも存在自体が知られていないのではないか。

だから声を上げた。

具体的な解決策を提示できなかったとしても、それでも伝えられることは書いておかなければと思い、書いた。

争っている場合ではないし、団結して戦わなければいけない。一刻も早く、この忌まわしき犯罪が、社会から無くなることを願っている。

(了)

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当記事の執筆者
五条ダン

研究対象は《ナメクジオバケ》。「現実は甘くない。だからこそ甘さが必要である」をモットーとする。修辞技法(レトリック)の分析を得意とし、文体に重きを置く創作スタイルを好む。しかし筆速はナメクジの歩みのように遅い。

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