約束

中学校の休み時間。将来の自分がどのようになっているかについて、旧友とはよく話したものだった。

「俺たちは夢を持っているけどさ、それを叶えられるのはごく一部で、きっと俺らも将来はふつうのサラリーマンになっているんだろうな」

「きっとそうだな」

と笑い合ったが、ボクたちが勘違いしていたのは《ふつうのサラリーマン》とやらになるのは、そんなにたやすくはないことだった。

あれから十数年の歳月が経ち、旧友のひとりは職が決まらずアルバイトを転々とし、もうひとりは正社員にはなれたものの「ブラック企業で今すぐにでも辞めたい。でも親や親戚が絶対に許してはくれない」と悩みを吐露する。

ボクにしてもフリーランスとしては失敗しており、業務委託の仕事を続けつつも、掛け持ちできるパート求人を年末に探すような状況だ。

ふつうのサラリーマンだとかふつうの社会人だとか、そういった子供心に抱いた大人像が幻想であった事実に、随分後になって気付かされてしまった。

今年最大の寒波が襲い来るなか、未来が視えなくなっていた。中学時代から習慣的に続いている年賀状は「今年もよろしく!」くらいしか書く内容がなく、その筆跡から精神的なゆとりのなさを窺い知れる。

それでもボクたちの関係を繋ぎ止めるのは、中学の卒業式で誓い合った《共通の夢》だった。

ボクたちは互いにライバルで、真っ先にその夢を実現するのは他ならぬ自分であると、そう意気込んでいた。

とはいえ月日は流れ、受験勉強や就職活動に忙殺されるうちに、ボクはいつしか夢に見切りをつけ、忘れようとした。とりあえずは目先の金を稼ぐことのほうがずっと重要だったからだ。

そんな折、旧友から連絡が入った。

「お前はまだ書いているのか? 俺は最終選考に残ったぞ」と。

驚いたことに、旧友は今でも小説新人賞に投稿し続けていた。そしてようやく、最終選考に勝ち進んだそうだ。十数年間、彼は他者から何と言われようとも、書き続けたのだ。何度落選しても、挑み続けた。

ボクたちのなかで誰かの夢が叶うのであれば、きっと彼が最初でなければいけない。連絡を受けた時、もちろん心の底から喜んだ。だが同時に、焦燥感や自己嫌悪も大きかった。

去年といえば、ボクが「よっしゃ仮想通貨でワンチャン当ててやるぜ!!」とビットコインFXにのめり込み、まんまと嵌め込まれてひと泡吹いていた時期だ。そんな間にも友人はひとりで頑張り続けていたのだ。

自分は本当に、今まで何をやってきたのだろうか。

「あのときの約束、まだ忘れてないよな?」

友人は言った。

「約束……? いや……」

そんなんあったとしても時効やろ、と言いかけ、口をつぐむ。

少しの間を置いて

「いや……、もちろん。忘れるわけないやろ」

と返答すると、彼はそりゃそうだよな、と笑った。

たぶんそれはきっと、決して忘れてはいけないものだったのだ。

(了)

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当記事の執筆者
五条ダン

研究対象は《ナメクジオバケ》。「現実は甘くない。だからこそ甘さが必要である」をモットーとする。修辞技法(レトリック)の分析を得意とし、文体に重きを置く創作スタイルを好む。しかし筆速はナメクジの歩みのように遅い。

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