好きになったキャラが幸せになれない問題

卵が先か、鶏が先かの問題になってしまうのだけれど、ボクの好きになったキャラクターに限って幸せになれない。推しキャラが悲劇的な顛末を迎える物語にこれまで多々出くわし、つらい。

失恋する。闇堕ちする。夢を叶えぬままに死んでゆく。切ない笑顔を最期に見せて、この世を去ってしまう。

そういった《報われない系》のキャラクターばかりに感情移入してしまって、とてもつらい。アニメを観たり漫画を読んだりするたびに喪失感を味わっている気がする。

某魔法少女アニメではボクが好きになった順番にヒロインが死んでいって「おいふざけんなよ!!」と思った。

よく少女漫画のヒロインが「わたしが好きになった人はみんないなくなってしまうの。だからもう誰も好きにならないし、誰も愛さない」みたいな台詞を口にする。まさにそんな気持ちだ。

あるいは「こんなつらい気持ちになるならば、はじめから恋なんてしなければ良かった」のように、(くっ……あのとき3話で切っておけば良かった……)と悔やむ。

無論、それほどに感情移入をさせる優れた作品であることの裏返し表現と受け取って欲しい。出来の悪い悲劇からは、悲しみも後悔も生まれないのだから。

たとえ虚構であったとしても、そこから得た感情はまぎれもなく、本物だ。

創作は、感情の錬金術である。

さておき、今期アニメで最も安心して楽しめたのが『ゾンビランドサガ』だった。最初は佐賀県のPRアニメかー、とさして気にも留めていなかったが、これがとんでもないダークホースで、今期の覇権にふさわしい素晴らしさであった。

アイドルモノだがヒロインは全員死んでおり、ゾンビになっている。夢半ばで壮絶な死を遂げた悲劇的なヒロインたちが集まるものの、コメディをベースに観客を笑わせ、しかし肝心なところではきっちり泣かせる、絶妙なさじ加減でギャグとシリアスを使い分ける傑作だった。

ゾンビランドサガは見方によっては《悲劇を越えた先にあるもの》を描いた作品だった。

夢を叶えられず生を終えたヒロインがゾンビとして蘇る。それは悲劇からの救済であり、運命に対する逆襲である。

ゾンビランドサガのオープニングでは、つぎの前口上が語られる。

死んでも夢を叶えたい! いいえ、死んでも夢は叶えられる!

それは絶望?それとも希望?

過酷な運命乗り越えて、脈がなくても突き進む!

それが私たちのサガだから!

ゾンビランドサガは、悲劇系ヒロインばかり好きになってしまい打ちひしがれていたボクに、ひとつの希望をもたらしてくれたように思う。

命を散らしていった推しキャラがいつの日かゾンビとして復活し、生前の夢を叶える未来を切に願いたい。

(了)

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当記事の執筆者
五条ダン

研究対象は《ナメクジオバケ》。「現実は甘くない。だからこそ甘さが必要である」をモットーとする。修辞技法(レトリック)の分析を得意とし、文体に重きを置く創作スタイルを好む。しかし筆速はナメクジの歩みのように遅い。

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